■イスラーム地域研究東洋文庫拠点公募研究ワークショップ「オスマン朝下で作成された帳簿群 −ジズヤ台帳を中心に−」
[日時] 2009年2月25日(水) 15:00−18:00
[会場] 東京外国語大学 本郷サテライト4階 セミナー室
[講演] オスマン朝下で作成された帳簿群 −ジズヤ台帳を中心に−
Cizye and Avariz Tax Registers and Their Place in the Ottoman Fiscal and Administrative Practice
[報告者] エヴゲニー・ラドゥシェフ氏(Evgeniy Radushev)(トルコ・ビルケント大学)
[使用言語] 英語(通訳なし)
[概要]
本ワークショップは、文部科学省「人文学および社会科学における共同研究拠点の整備の推進事業」東洋文庫拠点公
募研究の一環として2009年2月25日に開催された。
ワークショップのはじめに公募研究の代表者である高松洋一氏から、研究課題「イスラーム圏におけるイラン式簿記
術の展開:オスマン朝治下において作成された帳簿群を中心として」の趣旨説明が行われた。その中で高松氏は、オス
マン朝下で作成された帳簿が、ペルシア語起源の用語で記述された複雑なイラン式帳簿であることを指摘し、このよう
な帳簿を利用した研究を行うためにはまず帳簿自体の体系的な研究が必要であると述べた。
今回のワークショップでは、エヴゲニー・ラドゥシェフ氏を迎え、オスマン朝下で作成された帳簿群の中でも特にジ
ズヤ台帳とアヴァールズ台帳という2種の台帳について、その基本的な構造やオスマン朝財務システムにおける位置づけ
について解説を受けた。エヴゲニー・ラドゥシェフ氏は、ソフィアの国立図書館の東洋学部門の責任者として長年オスマ
ン朝の様々な台帳の研究に従事し、現在はトルコのビルケント大学においてオスマン古文書学および社会経済史を専門と
している。
◆講演内容
1. オスマン朝における初期の税制:租税台帳(tahrirs)による財源査定
2. 国庫再編:タフリールを超えて
3. ジズヤ税とアヴァールズ税:財源査定と納税者の登記
4. ジズヤ台帳とアヴァールズ台帳:詳細と要約
5. 人口統計学と宗教民族学において、ジズヤ台帳とアヴァールズ台帳の数値をどのように扱うべきか
ラドゥシェフ氏は図表を用いてオスマン朝の社会構造を簡潔に説明した後、スィヤーカト体で書かれた実際の明細帳を用
いてその様式を説明した。その中で強調されたのは、ハーネ(hane)の数から人口を推定することの危険性である。従来
多くの研究者によってハーネの数を基にした人口推定が行われてきたが、一世帯あたりの人数を何人と考えるかについては
いまだ統一した基準がなく、そのためそこから得られる人口は研究者によってずいぶん差がある。しかしラドゥシェフ氏は、
一世帯あたりの人数は調査地域の気候条件によって変動するものであるため、オスマン朝支配地域全体に共通する基準を設定
することは不可能であることを指摘した。
またラドゥシェフ氏は、同年代・同地域について作成されたジズヤ台帳とアヴァールズ台帳をつき合わせ、その地域の一
世帯あたりの人数を推定してみせた。しかしこのように同時代・同地域についての台帳がそろうことは奇跡的なことであり通
常は検討できないこと、ジズヤ台帳は非ムスリム世帯についてしか情報を得られないこと、アヴァールズ台帳には未亡人世帯
主やヴォイヌクなどの特権的なキリスト教徒世帯主が含まれていないことなどの理由から、この2種の台帳を用いて人口推定を
行う際には、この数値が絶対的なものではないという留保をつける必要があると述べた。
今回のワークショップは、従来の人口統計学的研究に一石を投じる大変興味深い内容であった。今後帳簿自体の研究が進む
につれ、益々それを利用した研究の精度も上がっていくことだろう。ラドゥシェフ氏の長年の研究の一端とブルガリアの古文
書学の成果に触れることのできた素晴らしい1日であった。
(文責:佐治奈通子/京都大学大学院修士課程)
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