■「スィヤーカト書体帳簿講読セミナー」報告

[日時] 2009年7月27日(月)〜29日(水)15時から18時30分まで
[会場] 東京外国語大学本郷サテライト4階 セミナー室
[講師] エヴゲニー・ラドゥシェフ(Evgeniy Radushev)(トルコ共和国、ビルケント大学)
[題目] 「スィヤーカト書体帳簿講読セミナー」
[言語] 英語(通訳なし)

[概要]
 本セミナーはイスラーム地域研究東洋文庫拠点公募研究「イスラーム圏におけるイラン式簿記術の展開:オスマン朝治下において 作成された帳簿群を中心として」の一環として2009年7月27日から3日間開催された。セミナーの講師を務めたエヴゲニー・ラドゥシェ フ氏は、オスマン朝支配下のバルカン半島、特に現在のブルガリアにあたる地域を主なフィールドとして長年、オスマン朝の古文書 と社会経済史の研究に携わってきた研究者であり、2009年2月にもイスラーム地域研究東洋文庫拠点の招聘で、日本で講演及びワーク ショップを行っている。(2月24・25日両日に行われた講演及びワークショップの内容については、イスラーム地域研究東洋文庫拠点 ウェブサイトに掲載されている「研究会・報告」のページを参照されたい。)常に研究の第一線で活躍してこられたラドゥシェフ氏か ら、スィヤーカト書体と呼ばれるオスマン朝の財務帳簿に用いられる非常に判読が難しい書体を学べる貴重な機会ともあって、のべ30人 近くが日本各地から本セミナーに参加した。

 セミナーのプログラム、セミナーで講読した史料は以下の通りである。

>セミナー内容
7/27 租税台帳におけるスィヤーカト書体(Siyarat script in the Tapu Tahrir Regsters)
7/28 ジズヤ台帳におけるスィヤーカト書体(Siyarat script in the Cizye Regsters)
7/29 アヴァールズ台帳(The Avariz Regsters)
>セミナーで講読した帳簿
トルコ共和国首相府オスマン文書館(T.C. Basbakanlik Osmanli Arsivi)所蔵
TTD382(Tapu Tahrir Defteri)
MAD90(Cizye Defteri)
TTD771(Avariz Defteri)

 初日27日は、租税台帳を題材にあげて、そこから人口の推移のみならず地名の変遷や地域住民のイスラームへの改宗の程度、さらには オスマン朝の軍事制度や財務制度、オスマン朝中央と地方関係といった幅広い情報を読みとることが出来ると、バルカン史研究における オスマン朝の財政帳簿の持つ意義や重要性を主に解説し、帳簿講読への導入を行った。2日目の28日は、スィヤーカト書体で書かれたニコ ポリス(Nigbolu)県租税台帳(TTD382)及びルメリ州ジズヤ台帳(MAD90)を用いて、帳簿の様式や用いられる専門用語、さらにはスィ ヤーカト数字と呼ばれる独特な会計用数字の判読例を示し、時にはセミナー参加者と協力しつつ上記の両台帳を読み進めていった。最終日 となった29日には、前日から続けてジズヤ台帳の講読と解説を行った後、ニコポリス(Nigbolu)県アヴァールズ台帳(TTD771)の講読を 行い、最後にもう一度バルカン史研究におけるオスマン朝財務帳簿の重要性を訴えてセミナーを終えた。セミナーの中でラドゥシェフ氏は 単に台帳を読み進めるだけではなく、台帳に書かれた項目や税目を基に当時の社会状況について解説を加え、それらの実例をもとに興味 深い考察をいくつも述べられ、まさしく「一見したところ数字の羅列である台帳をどのように研究に役立てるか」という問題に対する鮮や かな解答を示された。

 今回のセミナーにはオスマン史、バルカン史研究者に留まらない幅広い分野の研究者が参加したが、ラドゥシェフ氏はセミナー参加者の 知識の差異にも充分配慮しつつ、オスマン朝における古文書、社会経済史研究の最前線を示した。惜しむらくは、帳簿の講読及び解説には セミナーの所定時間が必ずしも充分なものではなかったこと、特に終了時刻が迫っていたがために最終日のアヴァールズ台帳の講読に充分 な時間を割けなかったことがあげられよう。今後、「スィヤーカト書体帳簿講読セミナー」セミナーが回数を重ね、上記の台帳のみならず 様々な帳簿を学ぶ機会が訪れることを期待したい。

文責 岩本佳子(京都大学大学院文学研究科西南アジア史学専修博士後期課程所属)

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